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イリジウム

元素記号:Ir 英語名:Iridium

原子番号

原子量

融点(℃)

沸点(℃)

宇宙存在度

77

192.22

2410

4130

0.661

 イリジウムは硬くて脆い青色の金属で、耐食性に優れた白金族元素のひとつです。地殻には平均で 0.000003 ppm (0.0000000003%)しか含まれていません。比重は22.6もあり、最も重い物質の一つです。そのため、大部分のイリジウムが地球深部に沈む込んで存在していると考えられています。イリジウムは、1803年、イギリスのテナントによって、白金鉱石からオスミウムと共に発見された元素です。実験の際、発見した元素の化合物の色が多彩に変化したことから、ギリシャ神話の虹の女神 Iris に因んで、イリジウムと命名されました。
 イリジウムは自然白金から分離されているほか、オスミウムとの天然の合金である鉱物(以前はイリドスミン、現在では含有量の多い元素名を用いて自然オスミウム、あるいは、自然イリジウムと呼ばれている。)も利用されています。イリジウムは腐食に対する抵抗力が最も強い金属です。熱した王水にも、なかなか溶けません。しかし、加工性に乏しく、単独での使用は困難です。もっぱら、他の金属、特に白金族元素の強度を増すために、合金として利用されています。かつて、長さの基準となっていたメートル原器は、白金とイリジウムが9:1で混ざった合金製です。イリジウムとオスミウムの合金は耐食性と耐久性が高く、万年筆のペン先に使用されています。

自然白金 自然オスミウム
自然白金 自然オスミウム

コラム「イリジウムと恐竜絶滅を結びつけた学者の親子」
 イリジウムの研究から恐竜は巨大な隕石の衝突によって絶滅したと考えられています。有名な話なので、皆さん、御存知でしょう。1980年にカリフォルニア大学の研究グループによって発表された隕石衝突説は、ダーウィンの進化論に並ぶセンセーショナルな説であると言われています。グループの中心となったのは、一組の親子の研究者(ルイス・アルバレスと息子ウォルター・アルバレス)です。彼等は、なぜ、イリジウムを研究したのでしょうか。そして、どうやって、イリジウムと巨大隕石の衝突を結びつけたのでしょうか。研究の舞台裏を紹介しましょう。
 親子の研究者と聞いて、同じ分野の専門家のように思われた方も多いと思いますが、アルバレス親子の場合、専門分野が異なっていました。父親のルイス・アルバレスは著名な物理学者です。1968年に、素粒子の研究でノーベル物理学賞を受賞しています。息子のウォルター・アルバレスは地質学の研究者です。専門分野が異なったことが研究に大きく寄与したように思えます。また、アルバレス親子は程良い距離感(?)のある親子でした。ウォルターが高校生の時、ルイスは離婚し、親子は別居。大学院の終了後、ウォルターはオランダ、リビア、イタリアと研究の拠点を移していきました。そのため、親子はしばらく合うことがなかったそうです。私の勝手な推測ですが、この距離感がウォルターにとって幸いだったのかもしれません。父親がノーベル物理学賞の受賞者です。もし、同居していたならば、物理の研究者になっていたかもしれません。あるいは、科学者以外の職業に就いていたかもしれません。更に、この距離感のおかげで、共同研究者という関係を保つことができたのかもしれません。イタリアでの研究を終えたウォルターはニューヨークに戻ってきて結婚しました。そこへ父のルイスが訪問し、当時、最もホットな地球科学の研究分野であったプレート・テクトニクスに大いに興味を示したそうです。この頃、息子のウォルターは、白亜紀(恐竜が生息した最後の時代で、ドイツ語で Keide と言う)の地層と第三紀(恐竜が滅亡した後の最初の時代で、ドイツ語で Tertiar と言う)の地層の間に存在するK-T境界層の研究を開始し、恐竜絶滅の謎を解明することを目指していました。父のルイスも息子の影響で大いに興味を示し、親子は議論を繰り返していました。そして、1977年、息子のウォルターもカリフォルニア大学の教授(専攻は地質学)に就任し、本格的に、親子でのK-T境界層の研究がスタートしました。

K−T境界層の粘土層

K−T境界層

Stevens Clint, Denmark

 当時、生物の数の増減は、ゆっくりとしたペースで起こるという考えが支配的でした。恐竜も、徐々に数を減らして、滅亡したと考える研究者が多数派でした。しかし、K-T境界層の上下では、化石は大きく変化します。恐竜の絶滅と哺乳類の繁栄だけではなく、海の微生物の化石も大きく変化します。上方に展示した粘土層は、白亜紀にできた石灰岩と第三紀にできた石灰岩の中間に存在する地層(K-T境界層)の一部で、デンマークのスティーブン・クリントの海岸で採取されたものです。石灰岩は海底に沈んだ生物の殻を材料にして生成するので、粘土(泥)で構成されるK-T境界層が堆積した頃の海に、殻を造る生物が生存していなかったことをK-T境界層の粘土の存在は意味しています。この様な状態がどのくらいの期間続いたのでしょうか。100万年以上の期間ならば、恐竜の絶滅と哺乳類の繁栄は徐々に起こったことになるかもしれません。もし、もっと短い期間(数100年とか)であったならば、恐竜の絶滅から哺乳類の繁栄への転換は急速に進んだことになります。K-T境界層が形成されるのに要した時間を見積もることが、アルバレス親子の最初の研究目標でした。
 研究開始前、息子のウォルターは要した時間は1000年以下であると考えていました。イタリアのグビオには、50万年かかって6mの厚さに堆積した石灰岩の層に間に、1cm程度のK-T境界層が存在することを発見していたからです。石灰岩の層とK-T境界層が堆積するスピードが同程度と仮定すると、K-T境界層は1000年以下で形成されたことになります。そこで、より正確に議論するために、別の方法を検討しました。K-T境界層が誕生したのは今から約6500万年前です。その頃の年代を10万年以下の精度で求めることは技術的に不可能です。地質学的な手法を複合させても、1万年以下の精度は出せません。そこで考え出したのがイリジウムの分析です。この考えは父親のルイスのアイデアでした。
 イリジウムは地表部には極端に少ない(0.000003 ppm)元素ですが、隕石には比較的多く含まれています(地表部の10000倍以上)。地球の表面には、宇宙塵と呼ばれる微細な粒(隕石の欠片など)が宇宙空間から降り注いでいます。アルバレス親子は、K-T境界層にも宇宙塵が降り積もっているはずなので、イリジウムを調べれば、K-T境界層が形成されるのに要した時間を見積もることが出来ると考えました。そこで、早速、カリフォルニア大学ローレンス放射線研究所の研究者の協力を得て、イタリアのK-T境界層のイリジウムの分析が行われました。イリジウムの分析は中性子放射化分析(試料に中性子線を照射して、試料中のイリジウムから放射線が出るようにし、その強度からイリジウムの量を求める方法)で実施されました。イリジウムは中性放射化分析に適した元素です(中性子線との反応性が良く、放出される放射線の放射期間が分析に適している)。そのため、分析は首尾良く完了しましたが、驚くべき結果が得られました。K-T境界層には30倍もの高濃度のイリジウムが含まれており、宇宙塵で説明しようとすると、50万年分ものイリジウムがK-T境界層に存在していることになりました。K-T境界層を挟んでいる6mの石灰岩の地層全体が形成されるのに要した時間が50万年ですから、K-T境界層だけで50万年の期間が必要という研究結果は受け入れられるものではありません。かくして、当初の研究目的(K-T境界層が形成されるのに要した時間を見積もる)は失敗に終わりました。しかし、K-T境界層に高濃度のイリジウムが含まれている事実を発見し、ここから新たな研究が始まりました。まず、K-T境界層のイリジウムの濃縮が全地球規模であることを確かめるために、デンマークとニュージーランドの試料の分析を行い、160倍と20倍という高濃度のイリジウムの存在を確認しました。
 並の科学者ならば、K-T境界層に高濃度のイリジウムが存在していることを発見したという事実だけを報告する論文を発表していたでしょう。アルバレス親子は、1年間掛けて十分に検討し、巨大隕石が衝突したという仮説を発表しました。論文の中で、以下の4通りの方法で隕石の大きさを見積っています。
 (1) K-T境界層の高濃度のイリジウムが地球全体に降り積もったと仮定し、必要なイリジウムの量と隕石中のイリジウムの濃度から、巨大隕石の大きさを計算する。
 (2) 恐竜が絶滅したような大規模な生命絶滅は1億年に1度の確率で起こったと仮定して、同じ確率で地球に衝突する小惑星の大きさを天体物理学者の計算結果を引用して求める。
 (3) K-T境界層の粘土は隕石の衝突時に誕生したクレーターから噴出したものだと仮定し、地球全体のK-T境界層の粘土の量を説明するのに必要なクレーターを大きさを見積もり、その結果を利用して、そのクレーターの誕生に必要な隕石の大きさを求める。
 (4) 巨大隕石の衝突では、大気中にも大量の塵が放出され、地表に太陽の光が届かなくなります。地表の生命活動が困難になる程度(数年間、地表に太陽の光が届かなくなる程度)の塵が生じるのに必要な隕石の大きさを求める。
 これらの計算結果は、いずれも、直径10km程度となり、良く一致することを示して、仮説の正しさを説いています。これらの一致が彼等に仮説を発表する勇気を与えました。しかし、仮説を発表した1980年当時、6500万年前に形成されたクレーターは未発見でした(ユカタン半島の沖に発見されたのは1991年です)。計算には多くの仮定が含まれています。かなり、大胆な仮説だったと思います。

隣接元素
ロジウム
オスミウム イリジウム 白金
マイトネリウム

  

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